はかまどトピックス
2016/06/04
お墓にまつわるエピソード集「お墓物語」
「プロポーズはお墓で」 仁平井 清次 79歳 (東京都)
ひと目惚れだったような気がする。
彼女との結婚をすぐ考えたが冷静になるとライバルが大勢いるように思えてきた。単刀直入に思いを伝えたかったが機会がなく、それに勇気もなかった。
まだ二十四才だった僕には、恋をじっくり熟成して、お互いの気持ちを高めていくような余裕などある筈がなかった。昭和三十年師走近い頃だった。彼女の家に近い駅前の地下にある喫茶店で待ち合わせていた僕はコーヒーを口にしながら今日こそ告白しようと決意していた。
遅れて彼女がやって来た。プロポーズのタイミングをはかっている時だった、彼女が唐突に意外な提案をしてきた。
「 ねえ、お墓参りしてくれない?」
「 もう夕方だぜ」
「 いいでしょ、この近くに私の家のお墓があるの、一緒に行ってほしいの」
一瞬、言葉を疑ったが結局従うことにした。駅前から横道に入ると閑静な住宅地が続いていた。
「 ここよ」
彼女が指差す古びた寺の門を、沈みかけた柔らかい夕日が優しく照らしていた。
彼女は寺の玄関で何か伝えてから、僕を奥の墓地に案内してくれた。彼女の家の先祖が眠るお墓は格式があって威厳があった。
「 プロポーズ していいよ」
お墓の前で微笑みながら彼女が言った。
「大好きな父の前で貴方に言ってほしいから」
お墓でのプロポーズは今思っても映画のワンシーンのように記憶している。そして僕は彼女と結ばれた。
夫婦共七十代になったが、春と秋の墓参りだけは欠かしたことがない。二人で墓石を磨きながら夫婦円満を報告している。
ちなみに子供達も孫達も、お墓でのプロポーズのエピソードは誰ひとり知らない。
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